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沖縄本島南部にある南城市には、琉球開闢の神話が残りかつての王国時代より琉球最高の聖地とされる世界遺産『斎場(セーファ)御嶽』をはじめ、多くの聖地やグスクが点在します。知念の安座真港からフェリーで約25分、海上に浮かぶ周囲8kmほどの小さな島が神の島とよばれる久高島です。岡本太郎や数多の民俗学者らが足を運んだ、12年に一度、午年にのみ執り行われる秘祭『イザイホー』も、後継者不足により1978年を最後に途絶えています。


 その最後のイザイホーを経験した、もと神女のおばあたちも、今や80〜90代の高齢となりました。イザイホーをはじめ年間30以上にもおよぶ祭祀を、島の女性たちは、30代前半から70歳の退役まで数十年間にわたり務め上げます。普通の主婦の〝日常〟の中に、神女としての務めである〝非日常〟が、ごく当たり前のようにこの島では混在というか、共存しています。


 そして、神女を退役したおばあたちは、今でも毎朝と夕方の祈りを365日、欠かしません。朝は、湯飲み3つにいれたお茶を台所にある〝ヒヌカン〟(=陽の神、火の神。香炉などが置かれ宇宙創造神・太陽神につながり、家庭の守護を祈る)に向かって供え、家族の健康、島の安寧、国の安泰、世界の平和を祈ります。夕方には、同じようにして今日一日の無事への感謝の手を合せます。


 先祖崇拝の根強い沖縄ですが、何か頼みごとやお願いごとがある時、まず感謝やお礼の手を合せる先は、トートーメー(先祖)を祀ったお仏壇に向かってが一般的です。

 しかし、久高島では少し違います。ご先祖に手を合わせる前に、まずは、太陽神とつながる〝ヒヌカン〟に手を合わせるのです。先祖崇拝以前の、よりプリミティブな祈りの姿、自然崇拝がこの島の祈りの根底を脈々と支えているともいえます。

 

  たとえば、お年寄りに「ハイどうぞ」とお茶やお菓子を差し出した時でも、島のお年寄りは受け取る前に必ず手を合わせます。人に向かい、地に向かい、海に向かい、天に向かい、手を合わせるという感謝と祈りの所作が、あたりまえのように一日の中で何回もくりかえされます。

 
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高齢化・過疎化の進む小さな離島では、一人暮らしのお年寄りがほとんどです。

数年前より、島の有志らによるお年寄りのための居場所作り、生きがい作りの一環として、さらには先人たちが培ってきた伝統や文化を〝島の知恵の引き出し〟であるお年寄りからしっかり継承していくことを目的にした活動も始まっています。

 そこから誕生した、五穀発祥の島ならではの麦穂や、神聖なクバの葉などすべて島の植物を使った新しい民具は、島の祈り手のおばあたちの手仕事として、毎年、お正月から旧正月の間、全国へ向けて販売されています。

 

 お年寄りが集まり作業をするひととき、ユンタク(おしゃべり)をしながら手を動かし、昔話にも花が咲きます。普段はひとり物静かに暮らすおばあたちも、古い時間を共有した仲間同志が集えば、もう忘れていたような記憶がふっとよみがえるのか、民俗資料的にも貴重な話が飛び出したり、時には、身内や家族にも言えなかったような気持ちの話がほろっと出たりもします。


 作業終わりには、海水を汲んで温め、月桃やヨモギなど島の薬草ハーブをいれた足湯で体を癒してもらいます。何十年も農作業や下働きをしてきた足腰や膝は冷えて痛みを抱えているのです。

「ハー、ヌチグスイ(命の薬)さー。毎週一回、ここに来るのが何より楽しみサー。前の夜からもうわくわくしているヨー」とおばあたちの嬉しそうな笑顔は、麦穂のふがに(黄金)の実りそのもの、日焼けした顔や手に刻まれた深いシワは美しい人生の年輪そのものです。


年老いてこそ、重ねてきた命の年輪の美しさ、輝きを放ち続けてほしいから。明るく、元気で、すこやかに、過ごせますように。老いの時間が、寛ぎに満ち、穏やかで安らぎにあふれるものでありますように。子供も、大人も、島のお年寄りからたくさんの宝ものの教えを受け取る場所。今年11月にオープンする、島の夢、小規模多機能居宅型介護事業『ふがに家』は、お年寄りが笑顔で過ごし、島のみんながまあるく、あったかい気持ちになれる、そんな空間をめざしています。